何も残されなければ、校長の言うように自殺の原因の特定は困難です。さらに、そこまでに至った心の中は家族も含め、推し量ることは不可能です。でも、この事件は明白な自筆の何枚もの「遺書」を残し、教室で死を選んだという事実を見れば、どれほどの思いだったか、少しでも考えたらとても校長のような発言、感じ方にはならないはずです。特に、この校長はあまりに意識がなさ過ぎます。少女は浮かばれません。
この二人に少女の思いは伝わらないでしょう。いじめそのものを全く認識できないのです。彼ら自身の生活は幸福に満ちたものでしょう。何の痛みをも感じられない、そんな表情しか見えません。両親が不信感を抱いたのは当然ですが、上っ面だけ見て、表面的な「解決」をしたつもりでいた担任の感覚は非難されるべきものです。彼女は死なずにすんだはずです。死に至る必然を明らかにした少女の命をかけた訴えはこの二人はもちろん、周囲の大人や加担した多くの同級生には届かなかったのです。今朝のNHKニュースで弁護士が述べていたように、こんな連中と何も知ろうとしない中でいくら防止策とか原因分析をしようとしても無意味です。大人たちのあまりの「洞察力のなさ」(その弁護士のことば)では何一つ、なしえないでしょう。彼女の恨みは消えることはありません。
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